HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう

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多くの作品を生み出した中伊豆 文人ゆかりの歴史的建造物をめぐる旅

  • 静岡県中伊豆は文人ゆかりの地が多く、今でも歴史が色濃く残る地域です。今回は中でも、修善寺・湯ヶ島・天城にスポットをあてて、文人ゆかりの歴史的建造物を紹介します。

     

    国登録有形文化財「」 文人達が多く訪れた風情ある日本旅館

    <01_izu:国登録有形文化財の宿「新井旅館」>
    こちらは、修善寺温泉の中でも古い歴史をもつ「修善寺温泉 新井旅館」です。修善寺駅から東海バス「修善寺温泉」行き、修善寺温泉で下車し徒歩5分ほどのところにあります。国の登録有形文化財に指定されているほど、歴史的価値のある建物となっています。5年の創業以来、安田靫彦をはじめ、川端龍子、高浜虚子、横山大観など数多くの文人墨客が訪れていることから、文人ゆかりの宿として古くから親しまれています。

    新井旅館には、様々な文人墨客のエピソードがありますが、例えば岡本綺堂は、この旅館で3代目館主と源氏の争いなどについて語り合ったことがきっかけで、修善寺で暗殺された源頼家の史実などをヒントに戯曲に仕立てて、新井旅館滞在中に「修善寺物語」を書いたと言われています。

    <02_izu:新井旅館のシンボル「青洲楼」>
    館内の15ある文化財のうち、一番古いものは1881年に建てられた、新井旅館のシンボルでもある「青洲楼」です。明治期には珍しい、3階建てとなっています。上部に教会風の塔が乗っているのは、1代目館主がロシア正教の信者だったからではないかと考えられています。当時、下田を始めとするこの辺りにロシア船が来ていたため、他の国の文化がいち早く入ってきたといいます。そのようなときに限りお寺の勢力がぐっと下がっていたため、他国の文化に染まっていき、この辺りではロシア正教信者が多かったと言われています。
    <03_izu:手作り硝子の「大正硝子」>
    趣ある館内の窓には、「大正硝子」という、手作り硝子が使われています。現在の日本では、大正硝子の工芸品はあっても、板硝子を作っているところが無いため、大変貴重なものとなっています。斜めから見ると、硝子越しの景色がモヤモヤッと歪んで見えるのが特徴です。廊下に使われていることで、風情を感じます。

    <04_izu:紅葉が美しい旅館内の庭園>
    旅館の中には庭園があり、色づいた木々が美しく、水の流れる音や鳥のさえずりに心が安らぎます。かつての文人墨客たちが訪れたこの地で、歴史を感じながらくつろぎのひと時を過ごすのはいかがでしょうか?

    湯ヶ島の自然の中で幼き日を過ごした井上靖 昔と変わらず残る旧邸へ

    <06_izu:当時のまま残る家の中の様子>

    修善寺駅から東海バス「昭和の森会館」「河津駅」行きに乗ること約40分。着いた先は、道の駅「天城越え」があるバス停、「昭和の森会館」。この道の駅内にある昭和の森会館の中には、「しろばんば」などの作品で知られる、井上靖の旧邸があります。外壁になまこ壁が使われているのが特徴です。

    井上家は明和年間(1764年~1771年)以降続いた名医で、特にひいおじいさんは伊豆全域に知られた名医だったといいます。家がお医者さんだったことから、玄関を入ってすぐ左手には受付のようになっています。中へ入ると、当時の造りがそのまま今に伝えられています。
    <06_izu:当時のまま残る家の中の様子>

    井上靖は、陸軍軍医だった父の任地北海道旭川で生まれましたが、3歳の頃に湯ヶ島の祖母に引き取られ、その後土蔵の中で祖母と2人で小学校を終えるまで暮らしたといいます。当時の湯ヶ島は下田街道に沿って20軒ほどの家が並ぶ小さい温泉場で、まだ電燈はついておらず、1日1回6人乗りの馬車が下田街道を往復するだけだったそうです。この幼い日のことを描いた作品が「しろばんば」「幼き日のこと」「あすなろ物語」などです。きっと、湯ヶ島の大らかな自然の中で五感が研ぎ澄まされ、詩人的な感覚が培われていったのでしょうね。

    昭和の森会館の中には、伊豆近代文学博物館があり、天城、伊豆ゆかりの文学者や作家120名もの資料が展示されています。中には井上靖の直筆の原稿や、川端康成の「」の生原稿など、大変貴重な品が展示されています。ここへ訪れれば、かつて手にした作品を見つけることができるかもしれません。

     

    国の重要文化財「」 今なお息づく明治の知恵と職人技

    08_izu

    天城へ来たら是非行っていただきたいのが、国の重要指定文化財にも指定されている「旧天城トンネル」です。川端康成の代表作「伊豆の踊子」の舞台となっていることで有名です。

    辺りを山や木々で囲まれた中、静かに佇んでいます。中へ入ると、その石造りの凄さに圧倒されます。石材は、伊豆の国市の旧大仁町の「吉田石」が使われており、石を一つ一つ積み上げていく「切り石巻工法」という手法で造られています。積み上げられている石一つ一つの表面のでこぼこや色が異なるのもまた、味が出ています。

    <08_izu:北口>10_izu

    こちらへ来たら是非注目していただきたいのが、南北の出入口の「天城隧道」の題字と、アーチ最頂部の要石です。南北で掘り込み、掘り出しの凹凸が異なっています。さらに、その凹凸が南北で互い違いになっているのは、職人のこだわりや芸術性を感じます。中は通り抜けることができるので、トンネルの中を歩くときは雰囲気を味わうだけでなく、100年以上の年月を経ても今に残る、当時の芸術的な職人技にも注目してみてください。
    時を経ても、今なお当時の人たちの想いやその価値を伝えてくれる歴史的建造物。あまたの文学作品を出してきた中伊豆には、それほど価値のある場所が多く残されています。かつての人々の声に耳を傾けながら、この地を旅してみませんか?