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日本遺産「会津の三十三観音めぐり」歴史を紐解く旅へ保科正之の秘策とは

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    戊辰戦争(会津戦争)などの悲劇の歴史で取り上げられる会津若松。仏教の歴史が東北の中でもいち早く開花したことをご存知でしょうか。
    城下町の寺を巡る町廻り三十三観音や、さざえ堂などは、三十三体の観音像がスロープに沿って安置され、参拝者はこの堂を一巡することで西国三十三観音巡りができるとされました。
    平安京に入ってきた仏教の文化が東北の会津の地にもたらされた経緯とは?さらに、こうした巡礼のブームに火が付いたきっかけとは?歴史を紐解きます!

     

     

    東北勢で最も早く仏教文化が花開いたのはなぜ!?会津の歴史を知る

     

     

     

    〈06_shimogomachi 獄観音堂〉

     

     

     

    東北の地、会津への仏教文化の伝来は、早く、平安時代でした。
    そもそも仏教の伝来は、538年に、百済(くだら)の聖明王(せいめいおう)が欽明天皇(きんめいてんのう)に仏像や経典を伝えたという説が有力とされています。

     

     

     

    その後、(794~1185年)の初期に会津に伝わったとされています。

     

     

     

    奈良の東大寺や興福寺で学んだ僧、「徳一」という法相のお坊さんの宗教活動によって広められたとされています。

     

     

     

    奈良時代に生まれた徳一は、南都興福寺で学んだあと20歳の若さで都を離れ、地方で布教活動をします。そして行きついた先が会津で、大同元 (806)年に磐梯山のふもとに慧日寺を建立します。

     

     

     

     

    慧日寺は、自然崇拝である磐梯山信仰を受け継ぎ、仏教式に信仰を組み替えることで会津の信仰の中心となることに成功しました。

     

     

     

    保科正之が発案!会津三十三観音巡りとは

     

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    三十三の姿に身を変えて衆生(しゅじょう)を救うといわれる観音信仰から、平安時代に始まったとされる三十三観音巡り。
    この三十三観音巡りと会津の歴史を紐とくことが会津の人々を知る手がかりになります。
    会津の三十三観音巡りは、1643年に会津に入封した会津松平家初代藩主の保科正之(ほしなまさゆき)により始まりました。
    ちょうど保科正之が入封した当時、徳川幕府の成立により治安や経済も安定し、参勤交代のための街道の整備も進んでいました。

     

     

     

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    その時代、伊勢参りや西国三十三観音巡りなどが盛んな風潮があり、もちろん会津の人々もあこがれ、片道に1か月、かけて大旅行に多くの人が出かけていたのです。

     

     
    当然道中に宿泊や食事などが伴います。多額の費用が領外に流れてしまうことを懸念した保科正之は、巡礼を禁止。

    代わりに会津三十三観音を定めたのです!

     

     

    これが、現在日本遺産となっている「会津三十三観音めぐり」のはじまりです。

     

     

     

    スロープを上がって下がるだけ!西国三十三観音巡りができるさざえ堂

     

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    保科正之が発案し、人々の娯楽ともなった会津三十三観音巡りですが、どういった形で行われてきたのでしょうか。
    今回は、会津の人々が編み出したユニークな観音巡りの一部をご紹介します!

     

     

     

    会津若松市にあるさざえ堂をご存知でしょうか。会津若松城(鶴ヶ城)から簡単にアクセスでき、多くの人が訪れています。
    このさざえ堂(旧正宗寺三匝堂(きゅうしょうそうじさんそうどう))は、1796年に建立されました。

     

     

     

     

    螺旋(らせん)状の三層六角の特徴的な観音堂です。上りと下りが全く別の通路となる特殊な木造二重螺旋構造になっており、参拝者はスロープを一方通行に進んで堂の天井部に至り、そのまま違うスロープを下って他の参拝者とすれ違うことなく出口にたどり着くことができます。

     

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    かつては三十三体の観音像がスロープに沿って安置され、参拝者はこの堂を一巡することで西国三十三観音巡りができるとされました。

     

     

     

    さざえ堂は、日本に未だかつてなかった奇妙な建物を巡る楽しさと、観音巡りの手軽さから人々の定番巡礼スポットとなります。

     

     

     

    現在、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により観音像は散逸してしまいましたが、今も堂の内部を一巡することができます!
    ぜひ一度不思議な体験をしに訪れてみてはいかがでしょうか。

     

     

    下郷町大内宿にある御蔵入三十三観音を巡る旅へ

     

     

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    大内宿(おおうちじゅく)は会津鉄道湯野上温泉駅(ゆのかみおんせんえき)から車で約20分の場所にあります。

     

     

     

     

     

    下郷町には4つの御蔵入三十三観音(奥会津三十三観音)(おくあいづさんじゅうさんかんのん)があります。
    江戸時代、幕府直轄領は御蔵入(おくらいり)と呼ばれており、御蔵入三十三観音は西国札所をまねて、地元の住人らによって制定されました。
    今回はそのうち2つをご紹介します。

     


    まず一つは観音沼森林公園の中にある獄観音堂。公園に入って5分ほど歩くと入り口が見えてきます。

     

     

    〈04_shimogomachi 獄観音堂入り口1〉

     


    中を進むと観音堂が見えてきます。立派な彫刻に息を呑みました。

     

     

    〈05_shimogomachi 獄観音堂入り口2〉

     

    〈06_shimogomachi 獄観音堂〉

     


    獄観音堂は坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)が東征の際、戦死した人馬の供養のため建てられたと伝えられています。
    御蔵入三十三観音のうちの第十三番札所です。本尊の聖観音立像(しょうかんのんりつぞう)は空海が作ったとされています。

     

     

    〈07_shimogomachi 馬供養塔〉

     


    横には軍馬慰霊碑(ぐんばいれいひ)が建てられていました。

     

     

     

    次に向かったのが中ノ沢観音堂(なかのさわかんのんどう)です。

     

     

    〈08_shimogomachi 中ノ沢観音堂入り口〉

     


    坂を上がると観音堂が見えてきます。

     

     

    〈09_shimogomachi 中ノ沢観音堂〉

     


    〈10_shimogomachi 中ノ沢観音堂屋根〉

     


    中ノ沢観音堂は鎌倉末期から南北朝建立といわれ南北朝様式を残す観音堂です。
    釘が一本も使用されていないなど、会津地方にしては数少ない純粋の和洋建築スタイルの観音堂となっています。屋根の部分をよく見ると和と洋が合わさっているのがよくわかります。

     


    御蔵入三十三観音のうち第十一番札所で重要文化財に指定されています。

     

     

     

     

    所在地

    子安観音堂 

    〒969-5207  福島県南会津郡下郷町大字大内

    獄観音堂  

    〒969-5335福島県 南会津郡下郷町 南倉沢

    中ノ沢観音堂 

    福島県下郷町大字中妻字観音前228番地

     

     

     

    下郷町大内宿の絶景を見ながら観音めぐり!子安観音堂へ

     

     

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    子安観音堂 (こやすかんのんどう)は大内宿(おおうちじゅく)の最奥地に位置しています。展望台として知られ、大内宿を一望できる位置にあります。

     

     

     

     

    〈01_shimogomachi 子安観音堂入り口〉

     

     

     

    階段が非常に急で段数も多いので、足元に注意して上がってください。

     

     

    〈02_shimogomachi 子安観音堂〉

     

     

    階段をあがると目の前に子安観音堂があります。ここでは安産や幼児の成長を守護する子安観音が祭られています。茅葺の屋根が特徴的です。

     

     

    〈03_shimogomachi 子安観音堂2〉

     


    子安観音堂のわきをぬけると大内宿を一望できるスポットにたどり着きます、写真は横からみた子安観音堂。
    この少し高い場所で大内宿全体を子安観音が見守っているのだと感じました。

     

     

    地元の方おすすめ!馬頭観音と下郷町を一望できる絶景スポット

     


     

    〈11_shimogomachi 馬頭観音入り口〉

     


    〈12_shimogomachi 馬頭観音階段〉

     

     

    入り口から神秘的な雰囲気が漂っています。入ると長い階段があり、非常に急なので味もとに気を付けてください。

     

     

    〈13_shimogomachi 馬頭観音1〉

     

    〈14_shimogomachi 馬頭観音2〉

     

    会津鉄道弥五島駅で出会った地元のおばあちゃんにお話を伺うと、ここでは馬頭観音(ばとうかんのん)がまつられていると教えてくださいました。

     

     

     

    昔は盆踊りや正月にお祭りが行われましたが、若い世代が減り人手が足りなくなったことで祭りがなくなり、今では立ち寄る人もいない神社となってしまったようです。

     

     

     

    上に上がると目の前本堂があり、横には小さな祠(ほこら)が並んでいます。人の気配がないせいか、どこか厳かで神秘的な雰囲気が漂う場所でした。

     

     

     

     

    会津鉄道会津下郷駅からへいほう石へ向かう途中、地元のおばあちゃんに雷神様八幡様(らいじんさまはちまんさま)がまつられている場所があって景色がきれいだと教えていただき向かってみました。

     

     

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    〈16_shimogomachi 雷神様八幡様 入り口2〉

     

    入り口には下野街道(しもつけかいどう)と書いてある看板もありました。

     

     

    〈17_shimogomachi 雷神様八幡様 道のり1〉

     

    〈18_shimogomachi 雷神様八幡様道のり2〉

     

    どうやらこの雷神様八幡様へつながる道も下野街道の一部のようです。下郷町はいたるところに下野街道があり、歴史を感じさせられます。時間の都合上上まで行くことができなかったのですが、お話によると上を上がっていくと下郷町が一望できるそうです。

     

     

    〈19_shimogomachi 雷神様八幡様道のり3〉

     

    下からの風景もとても美しく、自然豊かな下郷町を味わうことができます。

    地元の方のお話を聞くと、昔から下郷町で信仰は欠かせないもので祭りを行って大切に紡いでいったのだと感じました。

     

     

     

     

     

     

    会津や下郷町の民間信仰をめぐる旅は、いかがでしたか。ネットで検索しても出てこない場所や、話を地元の方々に教えていただき、会津や下郷町の人々の温かさにふれました。住宅地域のいたるところに小さな神社がたくさんあり、その数だけ人々が大切にしてきた文化があるのだと実感します。

    日本遺産「会津三十三観音めぐり」ぜひ一度歴史旅に訪れてみてはいかがでしょうか。