1200年に渡る栄華を極めた歴史舞台
偉大な歴史遺産を多数有し、古きよき京都の面影を色濃く残す門前町。
江戸末期から大正時代の暮らしの変遷が垣間見える、日本らしい情景が広がっています。
01まち 〜産寧坂〜
01まち 〜産寧坂〜
京都らしさが凝縮された門前町
東山山麓にある産寧坂は、平安京以前から清水寺や法観寺などの史跡が立ち並び、社寺を中心に栄えた門前町です。京都市街に近く、大阪からは約1時間、東京から約2時間45分。社寺の周りには時代と共に多様な歴史を反映した伝統的建築物が分布しています。時代別の町並みは旅人にも人気で、参道の数だけ幾重にも世界が広がります。
02重伝建 〜産寧坂〜
02重伝建 〜産寧坂〜
多くの社寺を結ぶ風情ある坂道
産寧坂(さんねいざか)は三年坂とも呼ばれる東山名所のひとつ。坂と家並みが折り重なって続いてゆく美しい風景は、重伝建地区に指定されています。二年坂を介して北にある八坂神社から南にある清水寺までを結んでおり、沿道には土産物店や陶磁器店、料亭などが建ち並びます。幕末に起こった「明保野亭事件」の舞台としても有名。坂の途中には竹久夢二が居住していた後も残っています。
03町並み 〜石塀小路〜
03町並み 〜石塀小路〜
京情緒が味わえるノスタルジックな通り
路面には石畳が敷き詰められ、両側には町屋が並び古都らしい風情が感じられます。町屋の石垣がまるで石塀のように見えることから「石塀小路」と呼ばれるようになりました。石塀小路の歴史は浅く、明治末期から大正時代初期と言われています。路面に敷き詰められた石畳の一部は、廃止された京都市電の敷石を移設したもの。自動車の乗り入れ制限もあるので、ゆったりとそぞろ歩きが楽しめます。
04町並み 〜二年坂〜
04町並み 〜二年坂〜
昔ながらの意匠の数々に出会える
二年坂から八坂の塔を経て高台寺表門までの地区は,様々な意匠の建物が混在しています。京町家特有の低い二階にある塗り壁の窓を「虫籠(むしこ)窓」と言い、それを特徴としたのが”むしこ造り町家”。茶室建築の手法を取り入れた”数寄屋風建築”、道に面して門と塀のある”和風邸宅”など、それぞれの時代を彩る建築物は見応えがあります。現存されている匠の技に愉しみは尽きません。
05世界遺産 〜清水寺〜
05世界遺産 〜清水寺〜
職人の妙技「舞台」からの絶景に酔いしれる
音羽山中より今もなおこんこんと湧く「音羽の滝」の霊泉に由来しているのが「清水寺」です。本堂から張り出した「舞台」は、巨大な欅(けやき)の柱を並べ、「懸造り」という手法で釘を一本も使わずに組み上げられています。410枚以上のヒノキ板を敷き詰めた「舞台」では、今も古典から現代音楽まで様々な舞台奉納が行われています。四季毎に異なる表情を見せる景色は必見です。
06史跡 〜高台寺・ねねの道〜
06史跡 〜高台寺・ねねの道〜
秀吉への愛に溢れた場所を訪ねる
豊臣秀吉の正室ねねが、亡き夫を弔うために開いたお寺が「高台寺」です。臨済宗建仁寺派の禅寺。夜の特別拝観(期間限定)や座禅・御茶体験もあり、日々訪れる旅人は尽きません。秀吉の愛妻ねねが高台寺へ通ったとされる「ねねの道」は高台寺と圓徳院の間にあり、東山、円山公園から高台寺へ美しい石畳の道が続きます。当時では珍しい恋愛結婚だった秀吉とねね。二人の軌跡に心が沸きます。
07史跡 〜八坂の塔〜
07史跡 〜八坂の塔〜
東山のシンボル 京都市街で最古の塔を訪ねて
法観寺の「八坂の塔」は清水寺にほど近い町に、民家や商店に包囲されるようにしてそびえ立っています。聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げにより建立したと言われ、京都市街では最古の塔で、46mもの高さを誇っています。たびたび火災により焼失しましたが、その度に再建され、現在の塔は1440年に足利義教によって再建されたもの。八坂通からの眺めが最も美しく望めると言われています。
08史跡 〜八坂神社・円山公園〜
08史跡 〜八坂神社・円山公園〜
祇園祭でおなじみの神社 桜で有名な公園
四条通の東の突き当たりにある「八坂神社」は古くは祇園社と呼ばれ、今でも「祇園さん」の名で親しまれています。全国の八坂神社の総本山で、日本三大祭のひとつ「祇園祭」は八坂神社の祭礼として有名で、山鉾行事はユネスコ無形文化遺産に登録されています。八坂神社の東隣にある「円山公園」は、広さ9万平方メートルを誇る都市公園。桜の名所でもあり、毎年春には多くの花見客でにぎわいます。
09偉人 〜坂本龍馬・中岡慎太郎〜
09偉人 〜坂本龍馬・中岡慎太郎〜
幕末土佐の双璧が並ぶ珍しい銅像
円山公園の東側にあるのが、坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像です。二人が揃っているものは珍しく、高知桂浜の龍馬像と並んで歴史好きの間では有名な像。両名とも薩長同盟に尽力し、京都近江屋で龍馬は襲撃に遭い亡くなります(近江屋事件)。そこに居合わせた中岡慎太郎も、その二日後に死去。龍馬は立ち、慎太郎は左手に刀を握り片膝をついているこの銅像は、彼らが理想とする世界を見つめているようにみえます。