HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう

HISTRIP MAGAZINE icon HISTRIP MAGAZINE

数多くの武勇伝を持つ戦国最大の武将・本多忠勝を訪ね大多喜町へ

  • みなさんは武将・本多忠勝をご存知でしょうか?真田丸の劇中に登場したことで、その名を知った方も多いのではないでしょうか。千葉県大多喜町はかつて本多忠勝が大多喜城主として領知した歴史があります。激動の戦国時代を生き抜いた彼の半生を知ればあなたも虜になるでしょう。そこで今回は大多喜町にある本多忠勝にまつわる名所をご紹介します。大多喜町へは、羽田空港や東京・品川駅などからの直通高速バスがおすすめです。所要時間は80分で電車と比べると乗り継ぎもなく、時間やお財布に優しい行き方です。

     

     

     

    大多喜町にたたずむ江戸時代を生き抜いた戦国最大の武将!本多忠勝像

    <写真01_alt:alt行徳橋>
    大多喜駅から徒歩約10分ほどにある行徳橋(ぎょうとくばし)には本多忠勝の銅像があります。本多忠勝にまつわる名所めぐりの出発地点として最適な場所です。

     

     

     

    <写真02_alt:alt本田忠勝像>
    (ほんだただかつ)とは戦国から江戸の世を生きた武将かつ大名です。

     

     

    天下・徳川家康に仕え、徳川四天王の一人といわれた闘志あふれる武将ですが、ただの武将ではありません。

     

     

    1562年「鳥屋根城の戦い」において、叔父・忠真に敵の首を譲られたものの、忠勝は「人の手を借りるわけにはいかない」と断りました。

     

     

    そして恐れることなく敵陣に攻め入り、自ら敵の首を取りました。

     

     

    これが忠勝にとっての初首にあたり、豪快な戦いぶりは当時から一目置かれていたといいます。

     

     

    かの有名な織田信長や豊臣秀吉ら戦国・江戸時代を築いた名将にも称賛されたという、戦国最大の武将なのです。

     
    本多平八郎忠勝の凛々しい顔と威厳あるたたずまい、甲冑の精巧なつくりが素晴らしいです。

     

     

    生涯57回もの戦をしながらかすり傷ひとつ負うことがなかった彼の熱い生きざまを感じられます。

     

     

     

     

     

    本物!?良玄寺で千葉県指定有形文化財の紙本著色本多忠勝像を見よう

    <写真03_alt:alt良玄寺>
    本多忠勝像のある行徳橋から約3分歩くと良玄寺(りょうげんじ)があります。

     

     

    良玄寺は1590年大多喜城に入城した本多忠勝が、菩提所つまり先祖の位牌を納めるお寺として建立しました。

     

     

    当初は良信寺という名前でしたが子の忠朝の法号をとって良玄寺となりました。
    <写真04_alt:alt良玄寺案内板>
    本堂には入れませんが、中には「紙本著色本多忠勝像」(しほんちゃくしょくほんだただかつぞう)という絵画が飾ってあります。

     

     

    これは武将姿を残すために描かせた甲冑姿の忠勝の肖像画です。

     

     

    飾ってある絵画はレプリカですが、良玄寺に来たら是非忠勝の闘志あふれる姿をご覧ください。

     

     

    本物の絵画は県指定有形文化財の「千葉県立中央博物館大多喜城分館」で見ることができます。

     

     

     

    行徳橋にただずむ本多忠勝像はこの良玄寺の方向を向いています。

     

     

    銅像の後ろに回り本多忠勝の視点で見ると、自分が良玄寺を見守っているように見えます。

     

     

    本多忠勝を体感したい方は是非銅像の後ろから良玄寺をご覧ください。

     

     

    所在地 : 千葉県夷隅郡大多喜町新丁

     

     

     

     

    大多喜町指定文化財本多忠勝墓所で忠勝に想いを馳せ「勝運」を授かる

    <写真05_alt:alt忠勝墓所>
    良玄寺のすぐ横には本多忠勝の墓所があります。本多忠勝は1610年63歳の時に三重県の桑名で亡くなりましたが、彼の遺言により分骨され、初めて城主となった「大多喜城」がある大多喜のまちにも墓所をつくりました。

     

     

    墓所を約2分奥へ進むと、戦国一と言われた本多忠勝を彷彿とさせるような立派なお墓です。

     
    本多忠勝が57度もの戦においてかすり傷ひとつ負わなかったことから、今では「勝運を授かる」ご利益を求めて訪れる方々も多いと言われています。

     

     

    忠勝(中央)・忠勝夫人(右)・忠朝(左)の「五輪の塔」は大多喜町指定文化財に指定されています。

    <写真06_alt:alt忠勝公園>
    墓所の隣には物見台のある「忠勝公園」があります。

     

     

    良玄寺や墓所に囲まれ、風格を壊さない趣ある古風な公園です。

     

     

    一息つきたい時に訪れてみてはいかがでしょう。

     

     

    所在地 : 298-0214 千葉県夷隅郡大多喜町新丁180

     

     
    千葉県大多喜から激動の戦国・江戸時代を生き抜いた本多忠勝にまつわる名所をご紹介しましたがいかがでしたでしょうか。

     
    本多忠勝を知れば知るほど、闘志あふれる熱き武将であったことがわかります。

     

     

    その功績は平成の時代まで受け継がれています。

     
    この名武将のパワーを授かりに、ぜひ大多喜のまちを訪れてみてはいかがでしょうか。