HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう

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真壁造や塗籠造 越屋根や虫籠窓まで 熊川宿を形成する歴史的建造物

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    福井県の若桜町にある熊川宿(くまがわじゅく)は重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、様々な建築様式が混在する町並みが今も残っています。
    今回はそんな歴史ある街並みを旅してみましょう。

     

     

     

    熊川宿の町並みの特性 様々な歴史的建造物の特徴を見てみよう!

     
    JR京都駅から電車で約80分、若狭熊川で下車します。

    熊川宿は、多くの建築様式が混在しながらも美しい景観を保っている北陸の宿場町です。

     

     

     

    〈01_kumagawajuku: 熊川宿妻入の建物〉
    棟木と直角の面を「妻」と言い、街道に対して妻側に入口のある「妻入(つまいり)」。

     

    〈02_kumagawajuku: 熊川宿平入の建物〉

     
    反対に街道に対して軒側に入口のある「平入(ひらいり)」。

     

     

    〈03_kumagawajuku: 熊川宿の塗籠造〉
    土などを厚く塗り込んだ壁で木造の柱等を隠した「塗籠造(ぬりごめづくり)」。

     

     

    〈04_kumagawajuku: 熊川宿の真壁造〉
    反対に柱を壁の表面に見せている「真壁造(しんかべづくり)」。

     

     

    〈05_kumagawajuku: 熊川宿の厨子(つし)二階〉

     
    天井が低いことが特徴で、昔は主に物置や使用人の寝泊まりに使われていたと言われている「厨子(つし)二階」。
    開口部として虫籠窓を用いることが多いとされています。

     

    〈06_kumagawajuku: 熊川宿の本二階〉

     
    反対に建物の一階と同じ高さに二階を設けた、現代の二階建てと同じ様式の「本二階」。

     

     

    〈07_kumagawajuku: 熊川宿の虫籠窓〉

     

     
    漆喰で塗り込められた窓で、虫籠のような形をしていることから名付けられた「虫籠窓(むしこまど)」。火災が多かった江戸時代に防火対策として広まったと言われています。

     

     

    〈08_kumagawajuku: 熊川宿の越屋根〉

     
    ゆるやかな弧を描いた形の屋根、「起り(むくり)」や採光・換気・煙出しのために、屋根の上に一段高く設けた小屋根の「越屋根(こしやね)」。

     

     

    〈09_kumagawajuku 熊川宿の卯建〉

     
    火災時に隣家からの延焼を防ぐための梁上の短柱、「卯建(うだつ)」。

    一つの町に様々な建築様式が軒を並べています。
    間口の広い平入が並ぶ中、社寺への参道や史跡を有する路地があり、奥行きのある情感豊かな町を構成しています。
    また、火災が多く12年に一度起こっていた為、その都度その時代の建物が再築されたからとも言われています。
    熊川宿は、一つ一つの建物をよく見ると違いがありますが、町全体としてはとても整った景観で、見るものを惹きつけるものがありました。

     

     

     

     

     

    熊川宿の倉見屋萩野八左衛門家 倉見屋ならではの名残が目白押し!

     
    訪れた日は「熊川いっぷく時代村」が開催されていた為、倉見屋萩野八左衛門家の一部を見学することができました。

     

    〈10_kumagawajuku:熊川宿の萩野家〉

     
    倉見屋萩野八左衛門家は、主屋、土倉など問屋の形式を残しており、江戸時代からその存在が認められている熊川宿最古の問屋です。
    当時は若狭湾から京都への物資の継ぎ立て(人馬継立)業によって熊川宿発展の中核を担っており、その名残として外には駒つなぎが今でも残っています。

     

     

    〈11_kumagawajuku:萩野家内部〉
    そんな萩野家は中ノ町に位置しています。
    街道側には主屋、荷蔵、それをつなぐ付属屋が並び、奥行き方向には複数の土倉や石畳が残っており、当時この石畳は北川と繋がっており、川を使って運ばれてきた物資を直接取り入れることができました。

     

    12_中

     

     

    また、萩野家は熊川宿の様々な建築様式を残しており、国指定文化財に指定されています。

    萩野家の中に入ると右手には帳簿を付けていたと思われる3畳ほどの部屋が存在し、奥には二階に上がることができる急な階段があります。

     

    〈12_kumagawajuku:萩野家内部〉

     

    また、中ではさおばかりと呼ばれる、荷物の重さをはかるさおが展示されており、天井にはそのさおを吊るすための鉄の輪が取り付けられていました。
    さらに、平入造りとなっている二階は、人を泊める宿泊場所となっていました。

    奥は生活スペースとなっていたため、今回見学させていただいたのは入り口のみでしたが、昔の趣を残しながら生活していることが伝わり、建物や歴史を大事にされているということが実感できました。

     

     

     

    街道が大きく蛇行?道幅も様々!熊川宿の上ノ町 中ノ町 下ノ町とは

     

     

    〈14_kumagawajuku:熊川宿上ノ町〉

     

     
    熊川宿は、上ノ町、中ノ町、下ノ町別れており、それぞれ用途によって特徴があります。
    京都から見て上にある上ノ町は、道幅が最も狭く、街道が直線的に伸びているのが特徴です。当初この上ノ町はかやぶき屋根の間幅の狭い建物が多く、背持人(せもちびと)と呼ばれる人々が住んでおり、30kg以上ある荷物を京都まで運ぶ仕事を行う人々が住んでいました。
    彼らは「京は遠ても十八里」、京都までは遠いと言ってもせいぜい十八里(72キロ)と言いながら急な峠をせっせと越えていったと言います。
    中ノ町は町の中枢的役割を果たしており、平入建物の問屋や神社、お寺が多い地区となっています。問屋が多いことも在って上ノ町と比べ、間口の広い建物が多く建てられていました。

     

     

     

    上ノ町は

     

     

    〈15_kumagawajuku:まがり〉

     
    まがりの奥からの地区を指し、街道が大きく蛇行している為、

     

     

    〈16_kumagawajuku:裏を流れる前川〉

     
    前川が他の地区と比べ建物の裏側に流れています。この上ノ町は後から伸びていった地区であり、妻入が多く、建物が密に詰まっているのが特徴です。
    また、若狭街道は二十九番の松尾寺から三十番の宝厳寺への順礼に使う道でもあり、下ノ町ではそのような人々のために木賃宿と呼ばれる簡易な宿が多く建てられていました。

    熊川宿の町の特徴として火事が多いことが挙げられます。熊川宿は風邪の通りが良かったため、十二年一度のペースで火事が発生していました。そのため、立派な家を建てることはせず、簡易で小さな家を建てたため、間口が小さくなったと考えられます。

     

     

    所在地 : 〒919-152 福井県三方上中郡若狭町熊川

     

     

     

    今回は、特徴的な町並みを持つ若狭町熊川宿について記事を書かせていただきました。
    特徴的な町並みには、その町がもつ事情があり、それを知ることによってもっと町巡りが楽しくなると感じます。
    皆様もぜひ、見学に行ってみて下さい。